2011年3月19日土曜日

地震のこと

11日朝、調整員からの電話で起きる、、
東北沖で大きな地震が発生した、、と。
すぐに実家と東北に住んでいる友達に連絡したけれど、なかなかつながらない。。。

この日、ヨルダンのテレビでも一日中ずっと日本の地震、津波のことが取り上げられてた。
ものすごい映像が流れて、、、、言葉が出ない、、、

親とはその日に連絡がとれて、家族はみんな無事だとわかって、ちょっと安心。。

でも停電も数日続いて、ガソリンも石油も不足してるから、家でも厚着してヒーターも
電気もつけず生活していたみたい、、、
まだまだ東北の冬は寒いし、心配。。

「今できるごどをとにかぐする!あやかはヨルダンでがんばれの!」とこんな状況の中でも
母からこんな言葉も。。。涙

そして、わたしの大親友が仙台の若林区に住んでいる、、
近所のお店のおじさんのところのテレビで若林区のものすごい映像を見てしまった・・・
 
家も何もかもが津波で流されてなくなって、悲惨な状態。。

ゆうこの身に何かあったら、、、とこわくなって、、、お店のおじさんとの会話も途中にして
とにかく連絡しなきゃ!と家まで急いだ。

もし何かあったら、、、と思うとこわくって連絡できなかったけど、でも心配。。。。

震災から数日後、無事連絡がついて大丈夫だとわかって、、、ちょっと安心。
でも街は本当に悲惨な状況らしく、近くで亡くなった人もいる、、、と。

避難生活もしばらく続いて、ストレスもきっとたくさん、、
しばらく停電が続いていたけれど、電気はやっときたみたい!
ガソリンやガスはまだみたいだけれど。

復旧はホントにこれから、、、

心配して連絡してくれた人たち、ありがとう!
家族も友達もみんな無事です!

今わたしはヨルダンにいて、何もできなくて歯がゆいけれど、今ここでできることをする!

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