2010年10月18日月曜日

パレスチナのこと

学校から見えるヨルダンの巨大国旗
わたしの学校の前に、わたしの通うUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)フセイン
キャンプの取りまとめをしている事務所があります。
そこにガーズィーさんというおじさんがいます。

まだ任地が決まっていない頃、ここのキャンプになるかもしれない、、、と聞いて、一度訪れた
ことがありました。

実際にこの学校に決まって、「挨拶に行かなきゃ、、」と思って、先日再会!
アハラン ワ サハラン(ようこそ)と温かく迎えてくれて、ネスカフェ(この国ではコーヒーは
すべてネスカフェ!)を出してくれるガーズィーさん。

パレスチナ人のガーズィーさん

目が大きくなっちゃうメガネをかけて、「ラブリーあやか」「ラブリーガーデン」と、「ラブリー」と
いう言葉をよく使うかわいいおじさんです。


その後、、、2日くらい顔を出さないと「しばらく会ってないけどどうしたんだ?」「ネスカフェ飲み
に来な!」と電話がかかってきます。

わたしの学校の生徒は、すべてパレスチナ難民ですが、難民と言っても60年以上前のこと。
昔はテント生活だったけれど、今はみんな石造りの家に住んでいます。
難民キャンプ内は汚いしちょっと臭いけど、そこまで貧しいとは感じていなくて、、、
生徒のことがもっと知りたくて、早く学校に着いたときには毎回ガーズィーさんのところに寄って
いろんな話をしています。

ガーズィーさんの話では、すごく貧しい家庭には3ヵ月毎、子ども一人に対して7JD(日本円にして1000円くらい)、お米3㌔、クッキングオイル3ℓ、砂糖3㌔、ミルク1バケット、、などなどを
援助している、との事。

当時は全部の家庭に援助していたけれど、今フセインキャンプでは約3000人、約430世帯あるうちの約5%が仕事がない、、などの理由で今でも援助を受けている、、との事。

全体の約5%、、と言っていたけれど、わたしがガーズィーさんのところを訪れている時に、
何人もの人が「もっと援助がほしい・・・」と相談に来ていました。

もっと知らないといけないことがたくさん、、、

この事務所にいると、多くのパレスチナ人に出会いますが、今日会ったパレスチナ人には、「パレスチナにはここよりももっと緑があってきれいなんだよ、、、」と言われました。

学校で子どもたちからたくさん絵をもらったけれど、その中に1枚、ヨルダンに住んでいるけれど、パレスチナの国旗を描いている子もいました。

パレスチナの国旗 ヨルダンの国旗とはちょっと違うのです。

経済的なことももちろんだけど、祖国に帰れないことが1番悲しいことなのかもしれない、、。



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